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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页
(この画は先年淡島家の売立てに出たので今は誰の所有に帰しているか解らぬ。)椿年歿して後は高久隆古に就き、隆古が死んでからは専ら倭絵の粉本について自得し、旁ら容斎の教を受けた。隆古には殊に傾倒していたと見えて、隆古の筆意は晩年の作にまで現れていた。いわゆる浅草絵の奔放遒勁なる筆力は椿年よりはむしろ隆古から得たのであろう。が、師伝よりは覚猷、蕪村、大雅、巣兆等の豪放洒落な画風を学んで得る処が多かったのは一見直ちに認められる。
かつ何でも新らしもの好きで、維新後には洋画を学んで水彩は本より油画までも描いた。明治の初年に渡来した英国人の画家ワグマンとも深く交わった。特にワグマンについて真面目に伝習したとは思われないが、ブラシの使い方や絵具の用法等、洋画のテクニックの種々の知識を教えられた事はあるようだ。明治八、九年頃の画家番附に淡島椿岳の上に和洋画とあるのを以て推すと、洋画家としてもまた相応に認められていたものと見える。今、残ってる椿岳の水彩や油画はいずれも極めて幼稚な作であるが、番附面における如く洋画家としてもまた多少認められていたとすると、椿岳の名は日本の洋画史の先駆者の一人としてもまた伝えられべきである。