轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
「もう少しだよ、おせんちゃん、もう少しの辛抱だよ」お常はもうその話題に興味がなくなった、「――でもすっかり治って、あんたが紀文のお嬢さんだなんてことになっても、あたしたちを袖にしないでおくれよ」
世間の窮乏はその頃からめだってきた。幕府で米価の騰貴するのを抑えたからおもてむきの価格はそれほど高くはならないが、関東一帯の凶作に加えて地震と大火のあとなので、米穀その他の必要物資は極めて窮屈になり、またその流通が利を追う少数の商人たちの手に握られているため、庶民の生活は苦しく困難になるばかりだった。
――いったい元禄という年代は華やかな話題が多かった、赤穂浪士のことは別として、紀文大尽とよばれた紀伊国屋文左衛門や奈良屋茂左衛門などの富豪が、花街や戯場で万金を捨てるようなばかげた遊蕩をしたのもこの頃である。芭蕉、其角、嵐雪などの俳諧師、また絵師では狩野家の常信、探信守政、友信。浮世絵の菱川吉兵衛、鳥井清信。浄瑠璃にも土佐椽、江戸半太夫など高名な人たちもたくさん出ている。これは大雑把にいって社会経済が武家から町人の手に移りつつあった現われであろうが、その反面、これら新興の富豪商人らが幕府政治の枠内で巨利を掴むために、大多数の庶民がひじょうな犠牲を払わされたことは云うまでもない。