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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
「いいからおせんちゃん」お常は不安そうに遮った、「――とにかく家へ帰ろう、ね、幸坊がもうおなかをすかしてるよ」
「待って、もう少しだわ、だんだんわかってくるの、そうよ、庄さんは上方から手紙を呉れたわ」
おせんは両手で面を掩った。いろいろな影像があたまのなかで現われたり消えたりする。黄昏の河岸、柳の枝から黄色くなった葉がしきりに散っていた。
――おれの帰るのを待っていて呉れるな、おせんちゃん、それを信じて、安心しておれは上方へゆくよ。
蒼白い思いつめたような庄吉の顔が、いま別れたばかりのようにありありとみえる。それから戸板で担ぎこまれたお祖父さん、裏のさかな屋の女房、露次ぐちにあった棗の樹、幾つもの研石や半や小盥のある仕事場、みんなはっきりと眼にうかんできた。杉田屋のおじさんもお蝶おばさんも、幸太のことも。……おせんは顔を掩っていた手を放し、涙のたまった眼で、お常に頬笑みかけた。
「おばさん、あたしもう大丈夫よ」
「ああわかってるよ」お常はほっとしたように、しかしまだ半分は疑いながら頷いた。
「――時が来さえすればよくなるんだから、とにかくいちどに考え過ぎないほうがいいよ、さあ帰りましょうね、幸坊」