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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
「あたしが抱くわ、幸ちゃん、さあいらっちゃい」
おせんは幸太郎を抱きとり、固く肥えたその頬へそっと自分のをすりよせた。
それからは日にいちどずつ、願を掛けたようにお地蔵さまへおまいりにいった。あたまもはっきりしてきたし、気持もしっかりおちついて、からだにも精がはいったような感じである。例えば洗濯をしているとき、はっきり自分が洗濯をしているということを感ずる。道を歩きながら、自分がちゃんと地面を踏んで歩いていることを感ずる。あたりまえじゃないの、こう思いながらその「あたりまえ」が慥かなものだということに、形容しようのない嬉しさを覚え、われ知らずそっと微笑するのであった。
――おまいりをする往き来には河岸を通って、いっときあの柳の樹の下に佇むのが定りだった。幹や大枝のすっかり焼け焦げたその樹は、そこ此処から新しい芽や若枝を伸ばしたもののそれが成長するだけのちからはないとみえ、若い枝はいかにも脆そうだし、葉はもう縮れたり黄色くなったりしはじめた。けれどもおせんがその樹蔭に立てばなにもかもかえってくる、縦横に条のはいった灰色の幹も、暗くなるほどしだれた細いたくさんの枝も、川風にひらひら揺れている茂った葉も、……庄吉の姿がそこにみえる、彼は笑おうとして泣くようなしかめ顔をしている、乾いたせかせかした声で、じっとこちら