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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
お祖父さんが止めるし、父も好まないようすだったから、ずっとあとになってわかったことだが、杉田屋から養女に貰いたいという話があり、父との間が気まずくなったのだという、……けれども杉田屋のほうでは別に変ったようすもなく、お蝶が自分でなにか持って来て呉れたり、幸太や庄吉を使いによこして食事に呼んだり、芝居見物につれだしたりした。
茂七が死ぬとすぐ、源六はおもて通りの店をたたんで、中通りの今の住居へ移った。もうおせんも十二になっていたし家も離れたので、巳之吉やお蝶とはしだいに疎くなったが、職人たちは道具を研いで貰うためにしげしげやって来た。「いちにんまえの大工が自分の道具をひとに研がせて申しわけがあるのかい」源六はいつもそう叱りはしたが、そのあとでは彼らによく職人気質というものを話して聞かせた、砥石に向って仕事をしながら訥々とした調子で古い職人たちの逸話を語るとき、老人はいかにも楽しそうだし聴く者にとってもおもしろかった。世間は表裏さだめ難く人生の転変は暫くもうつりやまない。生活はいつも酷薄できびしく些かの仮藉もない、そのあいだにあっていかに彼らが仕事に対する情熱の純粋さを保ったか、いかに自分の良心の誤りなさを信じたか、老人のしずかに語るそういう数かずの例は、聴く者にとってただおもしろいだけではなく、そういう人