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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
、試してからおせんを呼んだ。
「大丈夫だ、赤ん坊はおれが預かるから、そこへ足を掛けて下りな、落ちても腰っきりだ、よし、こんどはここへ捉まって、ゆっくりしな、そうそう、いいか」
「赤ちゃんを水に浸けていいの」
「焼け死ぬより腹くだしのほうがましだろう、いま上から蒲団を掛けるからな」
幸太は岸の上から蒲団を引き下ろし、いちど水につけておせんの頭から冠せた。……水はおせんの腰の上まであった。然も潮はひきはじめているとみえ、神田川の落ち口なのでかなり強い流れが感じられる。おせんは赤子を抱いたからだを石垣へ貼りつけるようにし、足は水の中でしっかりと石を踏ん張った。
「もう少しの辛抱だ、河岸の家が燃え落ちれば楽になる、まわりを見ちゃあいけない、なにも考えずにがまんするんだ、苦しくなったら水の面にあるいきを吸うんだぜ」幸太は手で蒲団へざぶざぶと水を掛け続けた、「……ちょっと待ちな、あそこへ手桶が流れて来る、手じゃ埒があかないからあいつを取って来て掛けよう、ちょっとのまがまんしてるんだ」
そう云って幸太は流れの中へすっと身をのしだした、仕事着のずんどに股引だけである。手桶は三間ばかり向うを流れているので、なんのことはないと思った。