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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
「おまえさんお乳を含ませておやりな」すぐ前にいた中年の女がこっちへ振返ってからこう云った、「――舌なんかで騙すのは可哀そうじゃないか、匂いだけでも気が済むんだから、お乳を含ませておやんなさいよ」
「そのひとはあたまがおかしいらしいだよ」脇にいる別の女がそう云った、「――藁屋の勘さんとこで面倒みてやってるらしいんだけど、唖者みたいにものを云わないし、お乳をやることもお襁褓を替えることも知らないらしいんですってよ」
「まあ可哀そうに、こんな若さでねえ、まだ十六七じゃないかね」
「いくら年がいかなくっても、わが腹を痛めた子に乳をやることも知らないなんて、本当に因果なはなしだよねえ」
そんな問答が聞えるのか聞えないのか、おせんは泣き叫ぶ子を揺すりながら、瞳のぬけたような眼でじっとどこかをみつめるばかりだった。行列はそれでもしだいに前へ前へと進み、やがて蓆で囲った施粥小屋へと近づいた。そのあたりは群れたり散ったりする人影と、甲高い罵りごえや喚きなどでわきたち、雪まじりの風に煽られて、火を焚く煙や白い温かそうな湯気が、空へまき上ったり横へ靡いたりしていた。――筍笠を冠り合羽を着て、大きな鍋を提げた男が向うから来た。