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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

鍋蓋の隙から湯気が立っている、男は列の人々を眼さぐりしながら来たが、おせんを認めるとせかせか近寄って、

「おめえまた来てえるな、家にいなって云ってるのにどうして出て来るのだ、赤ん坊が凍えちまったらどうするだ、聞きわけのねえもてえげえにするがいい、さあ帰るだ、帰るだ」

「勘さんよ、たいへんだねえ」さっきの女の一人がこう声をかけた、「――おまえさんもお常さんもよく面倒をみなさる、こんななかで出来ねえこったよう」

「なにをするもんだお互えさまさ」男はぶあいそに云い捨て、片手でおせんをそっと押した、「――さあ帰るだ帰るだ」

おせんはすなおに歩きだした。男はときどき鍋を持ち替えながら、自分が風上のほうへまわって、往来を右へ曲り、もうかなり積って白くなった道を、平右衛門町のほうへとはいっていった。このまわりはどこよりもひどいようにみえる、土蔵や火防け壁などが無かったせいか、家という家がきれいに焼け失せて、焚きおとしのようになった柱や綿屑やぼろが僅かにちらばっているだけであった。――しかし大川の河岸にあった梶平という材木問屋では、あの夜、筏にして川へ繋いだ材木をあげ、三棟の小屋の仕事場を造り、もう四五日まえから活溌に鋸や鉋の音をさせていた。