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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

校門を出て一町ほど北に行くと大きな沢がある。そこにはもう毎晩蛍が飛んでいるころだ。次郎はよくそのことを知っている。だから、彼は肩車に乗って、そこに連れて行って貰うつもりだったのである。

ところが直吉は、校門を出ると、すぐ南の方角に歩き出した。この南の方角というのが、次郎にとっては、あまり好ましい方角ではなかったのだ。というのは、その方角に、彼の父母や、祖父母や、兄弟達が住んでいる家があったのだから。

お民は、孟母三遷の教にヒントを得て、次郎を校番の家に預けはしたものの、彼がもの心つくにつれて、どうやらお浜に親しみ過ぎる傾向があり、それに、孟子の場合とちがって、学校というものの感化力が思ったほどでない、ということをだんだん知りはじめたので、この頃では、お浜が次郎を伴れてやって来るごとに、彼女を説きつけて、こっそり一人で帰って貰うことにしていたのである。

次郎にとって、それが大きな試煉であったことはいうまでもない。彼はそんな時には、きまって、恐ろしい沈默家になり、小食家になり、おまけに不安から来る寝小便をすらもらしたのであった。

彼にとっては、第一、家があまり広すぎた。