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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

こないだのようなことをなさると、お父さんだって、默っちゃいらっしゃらないでしょう。」

「ううん? 父さん何も言わなかったよ。」

「そう? お母さんは?」

「母さんも、何も言わなかったよ。」

「ほんと?」

お浜は不思議そうに訊ねた。

「ほんとうさ。このごろ母さんは、僕をあまりいじめなくなったんだい。」

「そう? それは次郎ちゃんがお利口におなりだからでしょう。」

次郎はきまり悪そうな顔をしながら、

「こないだ絵本を買ってくれたよ。」

お浜は、つい十日ばかり前に、正木のお祖母さんに、「お民もこのごろ少し考えが変って来たようだから、安心おし。」と言われたことを思いあわせて、いくらか明るい気持になった。

そして、次郎の頭をなでながら、しばらく何か考えていたが、

「では、次郎ちゃん、もうお帰りなさいね。乳母やはこれから、正木のお祖母さんとこに伺って、それからじき次郎ちゃんとこに行きますわ。お母さんがいいっておっしゃったら、今夜は一緒に寝ましょうね。」

二人は手をつないで立ち上った。そして、校門を出ると、言い合わせたように立ち止って、校舎を見上げた。

もうその時は、最後の運搬者たちが引きあげたあとで、物音一つしない古い校舎が、黄色い夕陽の中に、さむざむとしずまりかえっていた。