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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
今夜の感じには、それとは比べものにならない、澄みきった厳粛さがあった。
しかし一方では、彼の草履の音が、ぴたぴたと音を立てて、たえす、彼の耳に、彼自身の運命を囁いているかのようであった。
(恭ちゃんや俊ちゃんは、何があっても、平気で家に落ちついていられるのに、自分だけが、なぜ乳母やの家から本田の家へ、本田の家から正木の家へと、移って歩かねばならないのだろう。一たい、何処が自分の本当の家なのだ。)
(父さんはこれから、何処へ行くのだろう、そして何をするのだろう。乳母やとは、あれっきり、一度も逢ったことがないが、父さんにもこれっきり、逢えなくなるのではなかろうか。)
そうした疑問が、次から次へと、彼の頭の中を往来した。むろん、永遠とか、運命とかいうようなことを、はっきりと意識する力は、まだ少年次郎にはなかった。ただ、彼には、ふだんとちがった、厳粛な淋しさがあった。そして、星の光と草履の音との交錯する中を、默りこくって老人のあとについて歩いた。
「眠たいかの。」
「…………」
「こけるといけない。手をつないでやろう。」
次郎の手を握った老人の掌は、しなびていた。