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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

父は、はじめのうちは、默って二人の口論を聴いていた。しかし、それが次第に険悪になって、今にも立ち廻りが始まりそうになると、急にいずまいを正して、

「虎! ……権!」とつづけざまに大喝した。そして、いきなり両肌をぬいで、

「それほど喧嘩がしたけりゃ、斬り合うなり、突き合なり、勝手にするがいい。だが、おれも一旦仲にはいったからには、おれの眼玉の黒いうちは困る。先ずおれの方を片づけてからにして貰おうかな。」

そう言って、父は自分の胸を拳でぽんと叩いた。二人は父にそうどなられると、すぐべたりと坐って、平身低頭した。

次郎は、父のすぐ横に坐って、その光景を見ていたが、一面恐怖を感ずると共に、父の英雄的な態度に対して身ぶるいするような感激を覚えた。そして、彼自身が仲間と喧嘩をする場合の、すばしこい、思い切った遣口が、こうしたことに影響されていなかったとは、決していえなかったのである。

*

だが、正木の老人と手をつないで、静かな星空の下を、今こうして歩いていると、そんな思い出が、何となくつまらないことのように思えてならなかった。

(父さんは、あんなことを真面目な気持でやったのだろうか。