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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
入棺が終ると、彼は、何もかも最後だという気がして、急に力がぬけた。彼はもう何も見たくなくなった。真暗なところに一人でいたいような気がした。で、そっと座を立って庭におりた。木立をくぐって築山のうしろまで行くと、そこから星空が広々と仰がれた。彼は、かつてお祖父さんに教わった北極星、――「いつまでも動かない星」――をその中に見出した。彼は一心にそれを見つめた。見つめているうちに、その光は次第にうるんだ母の眼の輝きに似て来た。そして母の顔全体が、いつの間にかその周囲にはっきりとあらわれた。お浜の顔がおりおりそれにかさなった。同時に、彼の頭の中には、校番室以来の彼の記憶が、つぎつぎに絵巻物のように繰りひろげられはじめた。
だが、この時彼の心を支配したものは、悲しみでも憤りでもなかった。彼の心はふしぎに静かだった。
彼は、「運命」によって影を与えられ、「愛」によって不死の水を注がれ、そして「永遠」に向かって流れて行く人生の相を、彼の幼ない智恵の中に、そろそろと刻みはじめていたのである。
「次郎物語」は一先ずここで終る。しかし、次郎の一生がそれと同時に終りを告げたわけではむろんない。