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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页

青空文庫

俊三の声である。次郎はそれでも默っていた。すると俊三は、ちょこちょこと寄って来て、うしろから片手を次郎の肩にかけ、その耳元で、

「馬鹿やあい。」

と言った。次郎はいきなり右臂で俊三を突きのけた。俊三はよろよろと縁をよろけて、敷居に躓き、座敷の畳の上に仰向けに倒れた。

彼の泣き声は、家じゅうに響き渡った。

お民が出て来て、恭一に言った。

「どうしたんだえ。」

「次郎ちゃんが突き倒したんだい。」

「次郎が? どうして?」

「僕知らないよ。」

恭一は神経質らしく、お民と次郎とを見比べながら答えた。

お民は、しばらく次郎をうしろからじっと睨めつけていたが、何と思ったのか、そのまま俊三を抱き起こして、茶の間の方に行ってしまった。

恭一もすぐそのあとについた。

次郎は、また一人でぽつねんと庭を眺めた。

そのうちに、彼はゆうべの寝不足のため、うつらうつらし出した。そうしてとうとう縁側から地べたにすべり落ちてしまった。

幸いに大した痛みを覚えなかった。彼は起き上ってあたりを見まわしたが、誰もいなかったので、安心した。そして、跣足のまま植込をぬけて、隣との境になっている孟宗竹の藪に這入ると、そのままごろりと寝ころんだ。