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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
聞えてもその意味をはっきり掴むことは出来なかっただろう。しかし、彼は何かしら、父が自分に対して好意を寄せているような気がしてならなかった。彼は父が今にも声をかけてくれるかと、ひそかに待っていたが、駄目だった。
で、彼はそっと向きをかえて座敷の方を窺った。――もうその時には、日はとっぷりと暮れて、向こうから見られる心配がなかったのである。
父は默りこくって酒を飲んでいる。
母はそっぽを向いて、やけに団扇だけをばたばたさせている。
「恭一、お前次郎をつれて来い。」
だしぬけに父の声が、大きく聞えた。
恭一は、気味わるそうに、しばらく植込をすかしていたが、しぶしぶ立ち上って、次郎の方にやって来た。
「父さんが呼んでるよ。」
恭一は次郎に近づくと、用心深くその手首をつかんで引っぱった。次郎は、恭一に手を握られるのを、あまり心よくは思わなかった。しかしこれ以上ぐすってみる勇気も持合わせなかったので、引っぱられるままに縁側から上って来た。
お民はじろりと彼の顔を見ただけで、何とも言わなかった。次郎は自分の坐る場所がわからなくて、右の人差指を口に突っこみながら、しばらく柱のかげに立っていた。