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さんごくし
三国志(八)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《三国志(八)(さんごくし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N1,點詞查義。
N1 · 挑戰 · 新字新假名 · 195,604 字 · 391 頁
というのが出てきた。
その後、瞻は十七の時蜀の皇妹と結婚、翰林中郎将に任ぜられた。
父の遺徳は、みな瞻の上に幸いして、善政があるとみな瞻のなしたようにいわれた。しかし、その名声はすこし溢美に過ぎていたようである。孔明が生前すでに観ていたように、
(この子、おそらくは大器にあらず)
という所がやはり瞻の実質であったようである。
蜀亡ぶの年、瞻は、三十七で戦死した。
子の尚もまだ十六、七歳であったが、長駆、魏軍のなかに突き入って奮戦の末、果敢な死をとげた。
決して、国家の大器ではなかったにせよ、孔明のあとは、その子、その孫も、共に国難に殉じて、みな父祖の名を辱めなかった。
尚の下にも、なお小さい弟があったといわれるが、この人の伝はわからない。また、孔明には他の母系もあったという説もあるが、それも真偽はさだかでない。
孔明の家系は、こうしてもとの草裡に隠れてしまったが、この諸葛氏なる一門からは、この三国分立時代に、三人の将相を同族から出していたのみでなく、その各※(二の字点、1-2-22)が、蜀、魏、呉と別れていたのは一奇観であった。
すなわち、孔明は蜀に、兄の瑾は呉に、従兄弟の誕は魏に。