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みやもとむさし
宮本武蔵(五)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(五) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 508,883 characters · 1017 screens
「…………」
「はははは。落着いてから分って来ます。逃げるのも、時には、心地よいものだということが。……そこに流れがある。水で口でもお嗽ぎなさい。そしてお宿までお送りしよう」
赤城の森はもう見えていた。北条新蔵の帰る家は、赤城明神の下だという。
「ぜひ、屋敷へ寄って、拙者の父にも会っていただきたい」
と、新蔵はいったが、武蔵は、赤土の土塀が見える段の下で、
「また、お目にかかる折もあろう。ご養生なさい」
と、いって、そこで別れて立ち去った。
――こういうこともあって、武蔵の名は、それから後、いやが上にも、江戸の街に有名になった。
――彼は、喰わせ者だ。
――卑怯者の張本だ。
――恥知らず、武士道よごしの骨頂だ。あいつが京都で吉岡一門を相手にしたなどというのは、よくよく吉岡が弱かったか、逃げの一手で、巧く逃げて、虚名を売ったに違いない。
有名とは、そうした悪評の有名であって、誰ひとり、武蔵を弁護する者もなかった。
なぜならば、その後、半瓦の部屋の者が、口を極めて、いいふらしたばかりでなく、街の辻々に、公然と、こういう立て札を幾十となく江戸中へ建てたからであった。