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みやもとむさし
宮本武蔵(五)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(五) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 508,883 characters · 1017 screens
三
物の数には入れるわけにはゆかないが、彼らの命旗とする、名目人の源次郎少年を加えると、すでにここの半数は、武蔵の刀にあたって序戦の贄に曝され、惨たる血をここ一面に撒いてしまった。
――その時、十郎左衛門を斬った切ッ先の余勢をもって、彼らの乱れた虚につけ入ってゆけば、武蔵はさらに、幾つかの敵首をつかみ、ここでの大勢を決することができたにちがいない。
だが彼はなに思ったか、驀しぐらに三本道の一方へ駈けた。
逃げるかと思えば、翻っているし、向って来たなと構えを持ち直せば、地へ腹を摺ってゆく燕のように、武蔵の影はもう忽ち眼前にない。
「くそッ」
残った半数は歯がみをし、
「武蔵ッ」
「醜いぞッ」
「卑怯ッ」
「勝負はまだだぞ」
と吼え――そして追った。
彼らの眼孔は、皆顔から飛び出しそうに光っていた。夥しい血しおを見、血のにおいに吹かれて、彼らは酒蔵へ入ったように血に酔っていた。血の中に立つと、勇者は常よりも冷静になるし、怯者はその反対になる。――武蔵の背を見て追いかけてゆく躍起な血相というものは、さながら血の池の鬼だった。
「行ったぞッ」
「逃がすなッ」
そんな叫びを聞き捨てながら、武蔵は、最初の戦端を切った丁字形の辻を捨て、三道のうちでいちばん道幅のせまい修学院道へ向って駈け込んで行ったのである。