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みやもとむさし

宮本武蔵(五)

吉川 英治

Read 宮本武蔵(五) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 508,883 characters · 1017 screens

Aozora Bunko

八

「武蔵さま」

と、お通もいった。

眸と眸が、初めてお互いを見合った。秋や春には雁の渡る故郷の山が二人の心に憶い出された。

あの頃は、単純だった。

お通がいつも仲よくしていたのは又八で、武蔵は乱暴だから嫌いだといっていた。武蔵が悪たれをいうと、お通も負けないで罵った。――そうした幼い頃の七宝寺の山が瞼に見える。吉野川の河原が憶い出される……

しかし、そんな追憶に耽っていると、また、いたずらにこの二度とないこの世での尊い瞬間を、沈黙の裡に過ごしてしまいそうなので、武蔵からやがてまたいった。

「お通さん。そなたは今、体が悪いということだが、体はどうだね?」

「なんでもありません」

「もう快い方なのか」

「それよりも、あなたは、これから、一乗寺の址とやらで、死ぬお覚悟でございましょう」

「……う、む」

「あなたが、斬り死にあそばしたら、わたくしも生きていないつもりです。そのせいか、体の悪いことなど、忘れたように、なんともございません」

「…………」

武蔵は、そういうお通の顔の冴えを見て、自分の覚悟のほどが、いまだこの一女性にすら及ばない心地がした。

今の肚をすえるまでには、さんざん生死の問題に苦悩したり、日常の修養だの、さむらいとしての鍛錬だのを積んで来て、やっとこの覚悟になり得るまでになって来たと思うのである。