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みやもとむさし
宮本武蔵(五)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(五) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 508,883 characters · 1017 screens
門
一
開いて、文字へ眼のゆく前に、ほのかな伽羅の移り香がする。
ちぎりてはちる夜々のあだ花の数々よりも、樹の間過ぎ行く月のおん影こそ忘れ得ざらめ
しみじみ、語ろういとまもなく雲間のおわかれ、よその杯に、嘆けばと、人はわらい候わめど、ただ一筆のみを
よしの
「お師匠さま、それ、誰から来たてがみ」
「誰からでもない」
「女の人」
「知らん」
「なんと書いてあるの」
「そんなこと、訊かなくてもよい」
武蔵が畳みかけると、城太郎は背のびをして、
「いいにおいがする。伽羅みたいなにおいだなあ」
と、覗いていう。
伽羅のかおりは、城太郎の鼻にもわかるものとみえる。
門
一
さて、扇屋は出て来たが、まだ遊廓の内である。どうしたらこの囲いから無事に世間へ出られるだろうか。
城太郎は案じて、
「お師匠さま、そっちへ行くと、総門の方へ出ちまいますよ。総門の外には、吉岡の者が見張っているから危ないって扇屋の人もいっていた」
「うむ」
「だから、他から出ましょう」
「夜は、総門以外の口は、みな閉まっているそうではないか」
「柵を越えて逃げれば――」
「逃げたといわれては武蔵の名折れになる。恥も外聞もなく、逃げさえすればよいと思うくらいなら、なんのこんな所から出てしまうのは易いが、それがわしには出来ないことだから、静かに折を待っていたのだ。