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みやもとむさし
宮本武蔵(五)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(五) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 508,883 characters · 1017 screens
三
「おそれ入りますが」
「金はねえや」
「えっ」
「……困ったなあ、金はねえ。ついこの間まではあったんだが」
「じゃあ、てめえは、初手から文なしで飲みやがったんだな」
「……だ、だまれ」
又八は、懐中や腰をさぐり廻して、一箇の印籠を手につかむと、それを居酒屋のおやじの顔へ向って投げつけていった。
「おれも二本差しているのだ。まだ、飲み逃げするほど落ちぶれちゃあいねえ。――酒の代にゃあ過ぎ物だが、取っておけ、剰銭はくれてやるから」
三
投げた物が印籠とは見えなかったのである。それを顔へぶつけられて、居酒屋のおやじが、痛いッといいながら両手で顔をおおうと、暖簾の内から覗いていた客の大勢が、
「ひでえ奴だ」
と、又八の行為を憎み、
「飲み逃げ奴」
罵ると、いっせいに、
「――たたんじまえ」
と、外へ出て来た。
いずれも多少なり酒気をおびている者ばかりだ。酒を飲む者ほどまた、酒の上の不徳漢をつよく憎むものである。
「くせになる、野郎、金を払ってゆけ」
と前後を取り囲んで、
「てめえのような奴は、おおかた年中、その手で飲み屋を飲み倒しているのだろう。――金がなければ、おれ達に、一つずつ頭を撲らせろ」