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みやもとむさし
宮本武蔵(五)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(五) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 508,883 characters · 1017 screens
京都一乗寺の下り松で、吉岡方の大勢を一身にうけ、近頃ではめずらしい、よい試合ぶりをした男だ。確かに通ったに違いないが、気づかなかったかの」
塩尻峠を越えると間もなくから、往来を訊いて歩いている例の武家であった。そのくせ、そうよくは知らないと見えて、問われた者から、服装や年頃などを反問されると、
「さあ、その程は」
と、あいまいなのである。
しかし、何の用があるのか、熱心は熱心で、そこでも見かけないという返辞を聞くと、ひどく落胆して、
「何とか、会いたいものだが……」
と、草鞋の緒をくくり終えても、まだ愚痴のように繰返している。
自分のことではないか。
武蔵は、畑越しに、湯の中からその武家を篤と見ていた。
旅焦けのしている皮膚――四十ぐらいな年配――牢人ではない主持である。
笠の紐癖でそそけているのかも知れないが、小鬢の毛が荒く立って、これが戦場に立ったら、武者面のほども偲ばれる骨柄である。裸にしたら鎧ずれや具足だこで鍛え抜かれている体だろうとも思われる。
「はて……覚えがないが」
考えている間に、武家は立ち去ってしまった。吉岡の名を口にしたところから見て、事によったら、吉岡の遺弟ではあるまいかなどとも思ってみる。