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みやもとむさし
宮本武蔵(五)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(五) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 508,883 characters · 1017 screens
二
江戸にはまだ桜はほとんどなかった。
わずかに、山の手の崖に、山桜が白く見られる。近年、浅草寺の前に、桜の並木を移植した奇特家があって、まだ若木ではあるが、ことしはだいぶ蕾を持ったという。
「ばば殿、きょうは一つ、浅草寺へお供しようと思うが、行く気はないか」
半瓦の誘いに、
「おう、観世音は、わしも信仰じゃ。ぜひ伴れて行ってたも」
「では――」
と、いうので、お杉ばばも加えて、乾児の菰の十郎に、お稚児の小六の二人に弁当など持たせて、京橋堀から舟に乗った。
お稚児といえば優しげに聞えるが、これが向う傷のある肉のかたじまりな、いかにも喧嘩早い生れつきに出来ているような小男で、櫓はうまい。
堀から隅田のながれへ漕ぎ出すと、半瓦は、重筥を開けさせて、
「おばあさん、実は今日は、わしのおふくろの命日なのです。墓詣りといっても、故郷は遠国なので、浅草寺へでもお詣りして、何か一つ、今日は善いことをして帰ろうと思うのだ。……だから遊山のつもりで、一献飲りましょう」
と、杯を持って、舷から手をのばし、大川の水を杯洗にしてさっと雫を振って婆へ酌した。
「そうか。……それはそれは優しいお心がけじゃな」