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みやもとむさし
宮本武蔵(五)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(五) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 508,883 characters · 1017 screens
「うまかった」
武蔵がよろこぶと、人の欣びを童子もよろこぶ性質とみえ、
「うまかったかい?」
「礼をのべたいが、この家の主はもうお寝みかの」
「起きてるじゃないか」
「どこに」
「ここに」
と、童子は、自分の鼻を指さして、
「ほかに誰もいないよ」
と、いう。
職業を訊くと、以前は少しばかり農もやっていたが、親がわずらってから、農はやめて自分が馬子をして稼いでいるという。
「……ああ油がきれてしまった。お客さん、もう寝るだろう」
明りは消えたが、月洩る家は何の不便もなかった。
うすい藁ぶとんに、木枕をかって、武蔵は壁に添って寝た。
とろとろと眠りかけると、まだ風邪気が抜けきらないせいか、軽い汗が毛穴にわく。
そのたびに武蔵は、夢の中で雨のような音を聞いた。
夜もすがら啼きすだく虫の音は、いつか彼をふかい睡りに誘った。――もしそれが砥石を辷る刃物の音でなかったら、その深い眠りは覚めなかったに違いない。
「……や?」
彼は、ふと、身を起していた。
ずし、ずし、ずし――と微かに小屋の柱がうごく。
板戸の隣で、砥石へ物を当てている力がひびいて来るのである。何を研いでいるのか? ――それは問題でない。