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みやもとむさし
宮本武蔵(五)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(五) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 508,883 characters · 1017 screens
「そうだ」
彼の真面目顔を見ていると、武蔵は叱る気も失せて、
「そちは、何か悪戯したろう」
「ええ、狐が尾行て来ましたから、化かされないうちにと要心して、脚だか尻尾だか斬りました。その狐が、仇をしたんです」
「そうじゃない」
「そうじゃありませんか」
「うム、あだをしたのは、眼に見えた狐でなくて、眼に見えない自分の心だ。……ようく落着いて考えておけ。わしが帰って来るまでに、その理を解いて、答えるのだぞ」
「はい。……けれど先生は、これから何処かへ行くんですか」
「麹町の平河天神の近所まで行ってくる」
「今夜のうちに、帰って来るんでしょうね」
「はははは、わしも狐に化かされたら、三日もかかるかも知れぬぞ」
きょうは伊織を留守において、武蔵は梅雨ぐもりの空の下へ出て行った。
雀羅の門
一
平河天神の森は、蝉の声につつまれていた。梟の声もどこかでする。
「ここだな」
武蔵は、足を止めた。
昼間の月の下に、物音もしない一構えの建物がある。
「たのむ」
まず玄関に立ってこう訪れた。洞窟へ向ってものをいうように、自分の声が自分の耳へがあんと返ってくる。――それ程、人気が感じられなかった。