Japanische Klassiker mit Furigana
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ふくおうじでん
福翁自伝
福沢 諭吉
Lesen Sie 福翁自伝 (ふくおうじでん) von 福沢 諭吉 (ふくざわゆきち) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 209.912 Zeichen · 402 Bildschirme
緒方先生の深切
容体がドウも只の風邪でない。熱があり気分が甚だ悪い。ソコデ私の同窓生は皆医者だから、誰かに見て貰た所が、是れは腸窒扶斯だ、岸の熱病が伝染したのだと云て居る間に、その事が先生に聞えて、その時私は堂嶋の倉屋敷の長屋に寝て居た所が、先生が見舞に見えまして、愈よ腸窒扶斯に違いない、本当に療治しなければ是れは馬鹿にならぬ病気であると云う。
緒方先生の深切夫れから私はその時に今にも忘れぬ事のあると云うのは、緒方先生の深切。「乃公はお前の病気を屹と診て遣る。診て遣るけれども乃公が自分で処方することは出来ない。何分にも迷うて仕舞う。此の薬彼の薬と迷うて、後になって爾うでもなかったと云て又薬の加減をすると云うような訳けで、仕舞には何の療治をしたか訳けが分らぬようになると云うのは人情の免れぬ事であるから、病は診て遣るが執匙は外の医者に頼む。そのつもりにして居れと云て、先生の朋友、梶木町の内藤数馬と云う医者に執匙を託し、内藤の家から薬を貰て、先生は只毎日来て容体を診て病中の摂生法を指図するだけであった。マア今日の学校とか学塾とか云うものは、人数も多く迚も手に及ばない事で、その師弟の間は自から公なものになって居る、けれども昔の学塾の師弟は正しく親子の通り、緒方先生が私の病を見て、どうも薬を授るに迷うと云うのは、自分の家の子供を療治