후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
その九十三
と、優善がいった。
戸長はようよう天保銭一枚を受け取って、野菜を車から卸させて帰った。
優善は廉い野菜を買ったからといって、県令以下の職員に分配した。
県令は野村盛秀であったが、野菜を貰うと同時にこの顛末を聞いて、「矢島さんの流義は面白い」といって褒めたそうである。野村は初め宗七と称した。薩摩の士で、浦和県が埼玉県となった時、日田県知事から転じて埼玉県知事に任ぜられた。間島冬道は去って名古屋県に赴いて、参事の職に就いたが、後明治二十三年九月三十日に御歌所寄人を以て終った。また野村は後明治六年五月二十一日にこの職にいて歿したので、長門の士参事白根多助が一時県務を摂行した。
その九十三
山田源吾の養子になった専六は、まだ面会もせぬ養父を喪って、その遺跡を守っていたが、五月一日に至って藩知事津軽承昭の命を拝した。「親源吾給禄二十俵無相違被遣」というのである。さて源吾は謁見を許されぬ職を以て終ったが、六月二十日に専六は承昭に謁することを得た。これは成善が内意を承けて願書を呈したためである。
専六は成善に紹介せられて、先ず海保の伝経廬に入り、次で八月九日に共立学舎に入り、十二月三日に梅浦精一に従学した。