후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
この年六月七日に成善は名を保と改めた。これは母を懐うが故に改めたので、母は五百の字面の雅ならざるがために、常に伊保と署していたのだそうである。矢島優善の名を優と改めたのもこの年である。山田専六の名を脩と改めたのは、別に記載の徴すべきものはないが、やや後の事であったらしい。
この年十二月三日に保と脩とが同時に斬髪した。優は何時斬髪したか知らぬが、多分同じ頃であっただろう。優は少し早く東京に入り、ほどなく東京を距ること遠からぬ浦和に往って官吏をしていたが、必ずしも二弟に先だって斬髪したともいいがたい。紫の紐を以て髻を結うのが、当時の官吏の頭飾で、優が何時までその髻を愛惜したかわからない。人はあるいは抽斎の子供が何時斬髪したかを問うことを須いぬというかも知れない。しかし明治の初に男子が髪を斬ったのは、独逸十八世紀のツォップフが前に断たれ、清朝の辮髪が後に断たれたと同じく、風俗の大変遷である。然るに後の史家はその年月を知るに苦むかも知れない。わたくしの如きは自己の髪を斬った年を記していない。保さんの日記の一条を此に採録する所以である。
この年十二月二十二日に、本所二つ目の弘前藩邸が廃せられたために、保は兄山田脩が本所割下水の家に同居した。