후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
その二十六
この年津軽家には代替があった。寧親が致仕して、大隅守信順が封を襲いだのである。時に信順は二十六歳、即ち抽斎より長ずること五歳であった。
次の文政九年は抽斎が種々の事に遭逢した年である。先ず六月二十八日に姉須磨が二十五歳で亡くなった。それから八月十四日に、師市野迷庵が六十二歳で歿した。最後に十二月五日に、嫡子恒善が生れた。
須磨は前にいった通、飯田良清というものの妻になっていたが、この良清は抽斎の父允成の実父稲垣清蔵の孫である。清蔵の子が大矢清兵衛、清兵衛の子が飯田良清である。須磨の夫が飯田氏を冒したのは、幕府の家人株を買ったのであるから、夫の父が大矢氏を冒したのも、恐らくは株として買ったのであろう。
迷庵の死は抽斎をして狩谷※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎に師事せしむる動機をなしたらしいから、抽斎が※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎の門に入ったのも、この頃の事であっただろう。迷庵の跡は子光寿が襲いだ。
その二十六
文政十二年もまた抽斎のために事多き年であった。三月十七日には師伊沢蘭軒が五十三歳で歿した。二十八日には抽斎が近習医者介を仰附けられた。