후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
下村 湖人의 現代訳論語(げんだいやくろんご)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 127,327자 · 256화면
一一(二一六)
そして今では、どうなり先生の道の本体をはっきり眼の前に見ることが出来るような気がする。しかし、いざそれに追いついて捉えようとすると、やはりどうにもならない。」
○ 孔子と顔淵とのそれぞれの面目、並に両者の結びつきがこの一章に躍如としている。さすがに顔淵の言葉であり、彼ならでは出来ない表現である。
一一(二一六)
先師のご病気が重くなった時、子路は、いざという場合のことを考慮して、門人たちが臣下の礼をとって葬儀をとり行うように手はずをきめていた。その後、病気がいくらか軽くなった時、先師はそのことを知られて、子路にいわれた。――
「由よ、お前のこしらえ事も、今にはじまったことではないが、困ったものだ。臣下のない者があるように見せかけて、いったいだれをだまそうとするのだ。天を欺こうとでもいうのか。それに第一、私は、臣下の手で葬ってもらうより、むしろ二三人の門人の手で葬ってもらいたいと思っているのだ。堂々たる葬儀をしてもらわなくても、まさか道ばたでのたれ死したことにもなるまいではないか。」
○ 子路は孔子がかつて大夫の職にあつたので、それにふさわしい禮をもつて葬儀を行いたかつたのであろう。