일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいやくろんご

現代訳論語

下村 湖人

下村 湖人의 現代訳論語(げんだいやくろんご)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 127,327자 · 256화면

아오조라 문고

二(三三四)

三(三三五)

四(三三六)

という名だけをいうたのは、原憲自らこの文を書いたからだと想像される。

○ 本章は、「国に道があろうと、なかろうと、俸祿をうけて仕えるのは恥ずべきだ」という意味に解する説もある。しかし、それでは一九七章、及び三八五章の孔子の言と一致しない。

二(三三四)

憲がたずねた。――

「優越心、自慢、怨恨、食欲、こうしたものを抑制することが出来ましたら、仁といえましょうか。」

先師がこたえられた。

「それが出来たらえらいものだが、それだけで仁といえるかどうかは問題だ。」

○ 原文では、この質問者の名は出ていないが、定説に従つて原憲の質問として訳した。

三(三三五)

先師がいわれた。――

「士たる者が、安楽な家庭生活のみを恋しがるようでは、士の名に値しない。」

○ 参照 一四章。

四(三三六)

先師がいわれた。――

「国に道が行われている時には、信ずるところを大胆に言い、大胆に行うべきである。国に道が行われていない時には、行いは無論大胆でなければならないが、言葉は多少ひかえて、婉曲であるがいい。」

○ 本章の後段の意味を「舌禍をさけるための用心」と解する説があるが、それでは、孔子に気の毒である。