일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいやくろんご

現代訳論語

下村 湖人

下村 湖人의 現代訳論語(げんだいやくろんご)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 127,327자 · 256화면

아오조라 문고

何と生き甲斐のある生活だろう。こうして道に精進しているうちには、求道の同志が自分のことを伝えきいて、はるばると訪ねて来てくれることもあるだろうが、そうなつたら、何と人生は楽しいことだろう。だが、むろん、名聞が大事なのではない。ひたすらに道を求める人なら、かりに自分の存在が全然社会に認められなくとも、それは少しも不安の種になることではない。そして、それほどに心が道そのものに落ちついてこそ、真に君子の名に値するのではあるまいか。」

○ 原文に単に「子」とあるのは孔子を指すのであるが、他にも姓の下に「子」の尊称をつけたものもあるので、それらと区別するため、本訳では、孔子の場合は「先師」と呼び、他の場合は「先生」と呼ぶことにした。

○ 論語において、「学ぶ」ということは、常に道徳的精進を意味し、更に進んでそれを政治に実現する道を学ぶことを意味する。そして孔子の理想とする有徳者乃至政治家は、堯・舜・禹・湯・武等の如き古代の帝王であるが故に、所詮はそうした先王の道を学ぶことが、論語における「学ぶ」ということになるのである。

○ 君子==この語はところによつて多少意味が変るが、主として「求道者」