후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
下村 湖人의 現代訳論語(げんだいやくろんご)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 127,327자 · 256화면
述而第七
一(一四八)
それこそ聖人の名に値するであろう。堯や舜のような聖天子でさえ、それには心労をされたのだ。いったい仁というのは、何もそう大げさな事業をやることではない。自分の身を立てたいと思えば人の身も立ててやる、自分が伸びたいと思えば人も伸ばしてやる、つまり、自分の心を推して他人のことを考えてやる、ただそれだけのことだ。それだけのことを日常生活の実践にうつして行くのが仁の具体化なのだ。」
述而第七
この篇はおおむね孔子が自分及び自分の教育法について語りつつ人を教誨した言葉、及び孔子の容貌・態度・行動などを記したもの。
一(一四八)
先師がいわれた。――
「私は古聖の道を伝えるだけで、私一箇の新説を立てるのではない。古聖の道を信じ愛する点では、私は心ひそかに自分を老彭にも劣らぬと思っているのだ。」
○ 老彭==殷(いん)の賢大夫。
○ この一節によつて孔子を頑固な保守主義者と断定するのは当らない。孔子が「古」というとき、それは常に彼自身の理想と信念との表現に外ならなかつたのである。なるほど彼は堯舜の時代を讃美した。しかし彼が説くところの、その時代の文化内容は、必ずしも歴史的事実ではなく、彼の理想を仮托するための彼自身の創作であり、孔子あつてはじめて堯舜の時代は理想的時代といわれるようになつたともいえるのである。