일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいやくろんご

現代訳論語

下村 湖人

下村 湖人의 現代訳論語(げんだいやくろんご)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 127,327자 · 256화면

아오조라 문고

二五(一七二)

典籍の研究、生活体験、誠意の涵養、社会的信義がそれである。

○ 学んで行い、心を誠にして人と交るに信を以てするというのが、要するに孔子の修養の眼目でもあり、教育の要目でもあつたのである。

二五(一七二)

先師がいわれた。――

「今の時代に聖人の出現は到底のぞめないので、せめて君子といわれるほどの人に会えたら、私は満足だ。」

またいわれた。――

「今の時代に善人に会える見込は到底ないので、せめてうそのない人にでも会えたら、結構だと思うのだが、それもなかなかむずかしい。無いものをあるように、からっぽなものを充実しているように、また行きづまっていながら気楽そうに見せかけるのが、この頃のはやりだが、そういう人がうそのない人間になるのは、容易なことではないね。」

○ 聖人・君子・善人==孔子のいう聖人・君子は常に政治ということと関係がある。現に政治の任に当つていると否とにかかわらず、完全無欠な徳と、自由無碍な為政能力をもつた人が「聖人」であり、それほどではなくとも、理想と識見とを持ち、常に修徳にいそしんで為政家として恥かしくない人、少くとも政治に志して修養をつんでいる人、そういう人が「君子」