일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいやくろんご

現代訳論語

下村 湖人

下村 湖人의 現代訳論語(げんだいやくろんご)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 127,327자 · 256화면

아오조라 문고

二六(一七三)

なのである。これに反して、「善人」は必ずしも政治と関係はない。人間として諸徳のそなわつた人という程度の意味で用いられている。

かように解することによつて、本章の前段と後段との関係が、はじめて明瞭になるであろう。これは、私一個の見解であるが、決して無謀な言ではないと思う。聖人・君子・善人の三語を、単なる人物の段階と見ただけでは、本章の意味が的確に捉えられないだけでなく、論語全体の意味があいまいになるのではあるまいか。

二六(一七三)

先師は釣りはされたが、綱はつかわれなかった。また矢ぐるみで鳥をとられることはあったが、ねぐらの鳥を射たれることはなかった。

○ 綱==これを「網」の誤りと見て「一網打尽」の意味に解する説もある。しかし、当時の魚獲法に、大綱にたくさんの小綱をつけ、その先に釣針をつけて、それを水に流す方法があり、それを綱といつたというのが正しいようである。しかし、いずれにしても、本章の結局の意味に変りはない。

○ 矢ぐるみ==原文に「弋」(よく)とある。矢に糸をつけ、それを島の羽根にからませ、生擒する方法であつた。

二七(一七四)

先師がいわれた。