후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
下村 湖人의 現代訳論語(げんだいやくろんご)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 127,327자 · 256화면
一六(三九五)
一七(三九六)
一八(三九七)
一九(三九八)
一六(三九五)
先師がいわれた。
「朝から晩まで多勢集っていながら、話が道義にふれず、小ざかしいことをやって得意になっているようでは、見込なしだ。」
一七(三九六)
先師がいわれた。――
「君子は道義を自分の本質とし、礼にかなってそれを実行にうつし、へり下ってそれを言葉にあらわし、誠意を貫いてその社会的実現を期する。それでこそ君子だ。」
一八(三九七)
先師がいわれた。――
「君子は自分に能力のないのを苦にする。しかし、人が自分を知ってくれないのを苦にしないものだ。」
○ 殆ど同じような意味の言葉が一六章、八〇章、三六四章に出ている。
一九(三九八)
先師がいわれた。――
「君子といえども、死後になっても自分の名がたたえられないのは苦痛である。」
○ 原文「没世」は「世を終るまで」と解する説と、「世を終つたあと」と解する説とがある。私は後者に従つたが、いずれでもいいであろう。孔子のいわんとするところは、名を求むるのはよくないが、一生何の為すところもなく、従つて何等世に称せられることもないような醉生夢死の人間では困る、というにあるであろう。ほぼ同じような意味の言葉が二二七章にもある。