후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいやくろんご
現代訳論語
下村 湖人
下村 湖人의 現代訳論語(げんだいやくろんご)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 127,327자 · 256화면
二〇(四九一)
二一(四九二)
二二(四九三)
罪状をつかんだのを手柄に思って喜ぶようなことがあってはならないのだ。」
○ 孟氏==魯の大夫、孟孫氏。
○ 陽膚==曾子の門人。
二〇(四九一)
子貢がいった。――
「殷の紂王の悪行も実際はさほどではなかったらしい。しかし、今では罪悪の溜池ででもあったかのようにいわれている。だから君子は道徳的低地に居って、天下の衆悪が一身に帰せられるのを悪むのだ。」
○ 紂王については四六一章註參照。
二一(四九二)
子貢がいった。――
「君子の過ちは日蝕や月蝕のようなものである。過ちがあると、すべての人がそのかげりを見るし、過ちを改めると、すべての人がその光を仰ぐのだから。」
二二(四九三)
衛の公孫朝が子貢にたずねていった。――
「仲尼は誰について道を学ばれたのか。」
子貢がこたえた。――
「文王・武王の道は地におちてほろびたわけではありません。それはまだ人々の間に生かされています。賢者はその大道を心得ていますし、不賢者もその小道ぐらいは心得ていますので、万人に道が残っているともいえるのです。かようなわけでございますから、私共の先生にとっては、すべての人が師でありまして、これといってきまった師があるわけではありません。