일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면

아오조라 문고

多紀氏はこれをも私費を以て刻せようとした。然るに幕府はこれを聞いて、官刻を命ずることになった。そこで影写校勘の任に当らしむるために、三人の手伝が出来た。阿部伊勢守正弘の家来伊沢磐安、黒田豊前守直静の家来堀川舟庵、それから多紀楽真院門人森養竹である。磐安は即ち柏軒で、舟庵は『経籍訪古志』の跋に見えている堀川済である。舟庵の主黒田直静は上総国久留利の城主で、上屋敷は下谷広小路にあった。

任命は若年寄大岡主膳正忠固の差図を以て、館主多紀安良が申し渡し、世話役小島春庵、世話役手伝勝本理庵、熊谷弁庵が列座した。安良は即ち暁湖である。

何故に枳園が庭の門人として召し出されたかは知らぬが、阿部家への帰参は当時内約のみであって、まだ表向になっていなかったのでもあろうか。枳園は四十二歳になっていた。

この年八月二十九日に、真志屋五郎作が八十歳で歿した。抽斎はこの時三世劇神仙になったわけである。

嘉永二年三月七日に、抽斎は召されて登城した。躑躅の間において、老中牧野備前守忠雅の口達があった。年来学業出精に付、ついでの節目見仰附けらるというのである。この月十五日に謁見は済んだ。