일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면

아오조라 문고

この年正月二十五日に、森枳園が躋寿館講師に任ぜられて、二月二日から登館した。『医心方』校刻の事の起ったのは、枳園が教職に就いてから十カ月の後である。

抽斎の家族はこの年主人五十歳、五百三十九歳、陸八歳、水木二歳、専六生れて一歳の五人であった。矢島氏を冒した優善は二十歳になっていた。二年前から寄寓していた長尾氏の家族は、本町二丁目の新宅に移った。

安政二年が来た。抽斎の家の記録は先ず小さき、徒なる喜を誌さなくてはならなかった。それは三月十九日に、六男翠暫が生れたことである。後十一歳にして夭札した子である。この年は人の皆知る地震の年である。しかし当時抽斎を揺り撼して起たしめたものは、独地震のみではなかった。

学問はこれを身に体し、これを事に措いて、始て用をなすものである。否るものは死学問である。これは世間普通の見解である。しかし学芸を研鑽して造詣の深きを致さんとするものは、必ずしも直ちにこれを身に体せようとはしない。必ずしも径ちにこれを事に措こうとはしない。その々として年を閲する間には、心頭姑く用と無用とを度外に置いている。大いなる功績は此の如くにして始て贏ち得らるるものである。