후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
不患人不己知及曾子の有若無実若虚などと云へる、皆老子の意に近し。且自然と云ふこと、万事にわたりて然らざることを得ず。(中略)又仏家に漠然に帰すると云ふことあり。是れ空に体する大乗の教なり。自然と云ふより一層あとなき言なり。その小乗の教は一切の事皆式に依りて行へとなり。孔子の道も孝悌仁義より初めて諸礼法は仏家の小乗なり。その一以貫之は此教を一にして執中に至り初て仏家大乗の一場に至る。執中以上を語れば、孔子釈子同じ事なり」といっている。
抽斎は終に儒、道、釈の三教の帰一に到着した。もしこの人が旧新約書を読んだなら、あるいはその中にも契合点を見出だして、彼の安井息軒の『弁妄』などと全く趣を殊にした書を著したかも知れない。
以上は抽斎の手記した文について、その心術身行の由って来る所を求めたものである。この外、わたくしの手元には一種の語録がある。これは五百が抽斎に聞き、保さんが五百に聞いた所を、頃日保さんがわたくしのために筆に上せたのである。わたくしは今漫に潤削を施すことなしに、これを此に収めようと思う。
抽斎は日常宋儒のいわゆる虞廷の十六字を口にしていた。