후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
これは松本が保さんに話した事で、保さんはまた戸沢とその弟星野伝六郎とをも識っていた。戸沢の子米太郎、星野の子金蔵の二人はかつて保さんの教を受けたことがある。
戸沢の勧誘には、この年弘前に著した比良野貞固も同意したので、五百は遂にこれに従って、専六が山田氏に養わるることを諾した。その事の決したのが十二月二十九日で、専六が船の青森を発したのが翌三十日である。この年専六は十七歳になっていた。然るに東京にある養父源吾は、専六がなお舟中にある間に病歿した。
矢川文一郎に嫁した陸は、この年長男万吉を生んだが、万吉は夭折して弘前新寺町の報恩寺なる文内が母の墓の傍に葬られた。
抽斎の六女水木はこの年馬役村田小吉の子広太郎に嫁した。時に年十八であった。既にして矢島周禎が琴瑟調わざることを五百に告げた。五百はやむをえずして水木を取り戻した。
小野氏ではこの年富穀が六十四歳で致仕し、子道悦が家督相続をした。道悦は天保七年生で、三十五歳になっていた。
中丸昌庵はこの年六月二十八日に歿した。文政元年生の人だから、五十三歳を以て終ったのである。
弘前の城はこの年五月二十六日に藩庁となったので、知事津軽承昭は三之内に遷った。