후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
ただ『暁鐘新報』の社説は東京において草することを約した。入京後三月二十六日から博文館のためにする著作翻訳の稿を起した。七月十八日に保は神田仲猿楽町五番地豊田春賀の許に転寓した。
保の家には長女福が一月三十日に生れ、二月十七日に夭した。また七月十一日に長男三吉が三歳にして歿した。感応寺の墓に刻してある智運童子はこの三吉である。
脩はこの年五月二十九日に単身入京して、六月に飯田町補習学会及神田猿楽町有終学校の英語教師となった。妻子は七月に至って入京した。十二月に脩は鉄道庁第二部傭員となって、遠江国磐田郡袋井駅に勤務することとなり、また家を挙げて京を去った。
明治二十四年には保は新居を神田仲猿楽町五番地に卜して、七月十七日に起工し、十月一日にこれを落した。脩は駿河国駿東郡佐野駅の駅長助役に転じた。抽斎歿後の第三十三年である。
二十五年には保の次男繁次が二月十八日に生れ、九月二十三日に夭した。感応寺の墓に示教童子と刻してある。脩は七月に鉄道庁に解傭を請うて入京し、芝愛宕下町に住んで、京橋西紺屋町秀英舎の漢字校正係になった。脩の次男行晴が生れた。この年は抽斎歿後の第三十四年である。