후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
次いで文化十一年に医学を修めんがために、伊沢蘭軒に師事した。師が三十八歳、弟子が十歳の時である。父允成は経芸文章を教えることにも、家業の医学を授けることにも、頗る早く意を用いたのである。想うに後に師とすべき狩谷斎とは、家庭でも会い、師迷庵の許でも会って、幼い時から親しくなっていたであろう。また後に莫逆の友となった小島成斎も、夙く市野の家で抽斎と同門の好を結んだことであろう。抽斎がいつ池田京水の門を敲いたかということは今考えることが出来ぬが、恐らくはこれより後の事であろう。
文化十一年十二月二十八日、抽斎は始て藩主津軽寧親に謁した。寧親は五十歳、抽斎の父允成は五十一歳、抽斎自己は十歳の時である。想うに謁見の場所は本所二つ目の上屋敷であっただろう。謁見即ち目見は抽斎が弘前の士人として受けた礼遇の始で、これから月並出仕を命ぜられるまでには七年立ち、番入を命ぜられ、家督相続をするまでには八年立っている。
抽斎が迷庵門人となってから八年目、文化十四年に記念すべき事があった。それは抽斎と森枳園とが交を訂した事である。枳園は後年これを弟子入と称していた。文化四年十一月生の枳園は十一歳になっていたから、十三歳の抽斎が十一歳の枳園を弟子に取ったことになる。