후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
十二月四日に、備後国福山の城主阿部伊予守正寧の医官岡西栄玄の女徳が抽斎に嫁した。この年八月十五日に、抽斎の父允成は隠居料三人扶持を賜わった。これは従来寧親信順二公にかわるがわる勤仕していたのに、六月からは兼て岩城隆喜の室、信順の姉もと姫に、また八月からは信順の室欽姫に伺候することになったからであろう。
この時抽斎の家族は父允成、妻岡西氏徳、尾島氏出の嫡子恒善、比良野氏出の長女純の四人となっていた。抽斎が三人目の妻徳を娶るに至ったのは、徳の兄岡西玄亭が抽斎と同じく蘭軒の門下におって、共に文字の交を訂していたからである。
天保四年四月六日に、抽斎は藩主信順に随って江戸を発し、始めて弘前に往った。江戸に還ったのは、翌五年十一月十五日である。この留守に前藩主寧親は六十九歳で卒した。抽斎の父允成が四月朔に二人扶持の加増を受けて、隠居料五人扶持にせられたのは、特に寧親に侍せしめられたためであろう。これは抽斎が二十九歳から三十歳に至る間の事である。
抽斎の友森枳園が佐々木氏勝を娶って、始めて家庭を作ったのも天保四年で、抽斎が弘前に往った時である。これより先枳園は文政四年に怙を喪って、十五歳で形式的の家督相続をなした。