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むすめえんじゅつし

娘煙術師

国枝 史郎

「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页

青空文庫

つけて行く浪人者

「お気をつけなされ、今日があぶない! お手前の人相をご覧なされ!」それはこういう言葉なのであった。「私に呼びかけたに相違ない!」で、老売卜者は刀を抜いた。こしらえは粗末ではあったけれども中身は十分に磨かれていた。三寸あまりも抜いた時に、夕陽がぶつかったからでもあろう、虹のような光を放ったが、それの面へ顔を写して見た。人相を写して見たのである。

「ああ、なんだ! この人相は!」で、ガックリと見台の上へ両手をつくと沈み込んだ。その手に触れたものがあった。

「うむ、さっきの巻き奉書だな!」夢中でスルスルと解いて見たが、グーッと懐中へねじ込んでしまった。「死なれない! 死なれない! 死なれない!」で、茫然と空を見た。いつまでもいつまでも眺めている。が、その空もすっかりと暮れて、夜が大江戸を包んだ時に、上野に向かう下谷の道を、一つの人影が歩いていた。浪人ふうの若い武士である。

つけて行く浪人者

浪人ふうの若い武士が、下谷の通りを歩いている。今しがた降った雨が止んで、雲切れがして月が出たが、往来の左右は寺々で、燈火一筋さしていない。で、四辺が暗闇で姿がハッキリわからなかった。