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ふたばていよだん

新編 思い出す人々

内田 魯庵

内田魯庵『新編 思い出す人々』。同一底本的分册已合并为一书。收入:二葉亭余談、淡島椿岳、鴎外博士の追憶、硯友社の勃興と道程、最後の大杉、斎藤緑雨、三十年前の島田沼南、美妙斎美妙、二葉亭四迷、二葉亭四迷の一生、二葉亭追録、明治の文学の開拓者、四十年前、露伴の出世咄。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,401 字 · 427 页

青空文庫

九 椿岳の人物――狷介不羈なる半面

だが、この寺内の淡島堂は神仏混交の遺物であって、仏具を飾って僧侶がお勤めをしていたから、椿岳もまた頭を剃円めて法体し、本然と名を改めて暫らくは淡島様のお守をしていた。

この淡島堂のお堂守時代が椿岳本来の面目を思う存分に発揮したので、奇名が忽ち都下に喧伝した。当時朝から晩まで代る代るに訪ずれるのは類は友の変物奇物ばかりで、共に画を描き骨董を品して遊んでばかりいた。大河内子爵の先代や下岡蓮杖や仮名垣魯文はその頃の重なる常連であった。参詣人が来ると殊勝な顔をしてムニャムニャムニャと出放題なお経を誦しつつお蝋を上げ、帰ると直ぐ吹消してしまう本然坊主のケロリとした顔は随分人を喰ったもんだが、今度のお堂守さんは御奇特な感心なお方だという評判が信徒の間に聞えた。

椿岳が浅草に住っていたは維新後から十二、三年頃までであった。この時代が最も椿岳の奇才を発揮して奇名を売った時で、椿岳と浅草とは離れぬ縁の聯想となった。浅草を去ったのは明治十二、三年以後で、それから後は牛島の梵雲庵に梵唄雨声と琵琶と三味線を楽んでいた。

九 椿岳の人物――狷介不羈なる半面

椿岳の出身した川越の内田家には如何なる天才の血が流れていたかは知らぬが、長兄の伊藤八兵衛は末路は余り振わなかったが、一度は天下の伊藤八兵衛と鳴らした巨富を作ったし、弟の椿岳は天下