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むすめえんじゅつし
娘煙術師
国枝 史郎
「朝日新聞」1928(昭和3)年8月26日~1929(昭和4)年2月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 267,766 字 · 530 页
この陰謀は大きいぞ
これが目明しの代官松が、疑心を差しはさんだ老人なのであったが、このほかにもう一人の人が、この老人へ眼をつけて、そうして同じように疑心をはさんだ。
「本郷の殿様」その人なのであった。で、立ち止まって見守った。
この陰謀は大きいぞ
両国橋の橋詰めのほうへ、歩いて行く儒者ふうの老人を、「本郷の殿様」と呼ばれた武士は、疑念を差しはさんで見守ったが、足を止めるとつぶやいた。「おッ、これはどうしたのだ、あの老人が歩いている。あの老人に相違ない。背後姿だが見覚えがある。……だがどうにもおかしなことだ、あの老人なら去年の四月に、三宅の島で死んだはずだ」――代官松のつぶやきと、同じつぶやきをつぶやいたのである。だがその次につぶやいた言葉は、かなり恐ろしいものであった。「あの老人があの老人なら、とうてい活かしてはおかれない。幕府にとっての一敵国だ、俺にとっても一敵国だ。……これはぜひとも確かめなければならない」
「本郷の殿様」と呼ばれた武士と、代官松という目明しとに、疑念を持たれて見守られているとは、儒者ふうの老人は知らぬ気であった。いわれぬ気高さと清らかさとを、やや前こごみの姿勢に保たさせ、おおらかとして歩いて行く。