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しんちょうき
新潮記
山本 周五郎
「北海道新聞」1943(昭和18)年6月12日~12月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,541 字 · 305 页
二
梅八はかつて柳橋で名妓の名をうたわれた妓だった。「名妓」などという言葉は大部分が虚名である。虚名でなければ作りあげられたものか、もしくは取巻く周囲の者が為にする名である、そして、当人にはつねに無関係にある、そういう虚名が、いかに不当に当人を支配するかということは、梅八の場合によくあらわれていた。
二
梅八は本当の名をおよねといった。今年五十七歳になるが、かつて男に触れたことがなかった。金というものも持たない。ずいぶん全盛な時代が長かったのだから、あたりまえなら老後を安穏に送れるくらいの金はできた筈である。けれどかの女はいま太橋大助の好意でその日を過しているありさまだった。およねは中洲のさる料亭のまな娘だという。また本所あたりの担ぎ八百屋の子だともいう。西国辺の大名のおとし胤だとか、御家人の娘だとかいろいろに云われる。当人はなんと云われても笑うだけで、いちども自分の口から親たちの素性を話したことはなかった。
およねは十六の春から芸妓に出た。出るとすぐ「名妓」という貼札が付いた。縹緻もいいし、清元端唄の類にすぐれた天分をもっていたから、つきだしの名妓もそれほど不似合ではなかった。