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にっき
日記
宮本 百合子
07 一九二一年(大正十年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 61,953 字 · 124 页
又三人で引返し、二時間ほど話す。ああ云う補助金の支出などと云う場合、理事達が如何に功利主義、それも狭い日本の現代の生活と云うものに功利的であるかと云その事が驚かれる。私なら比較言語学は、言語学のために必要でありその結果は学のために重大である、と云うことで努力するつもりにもなり価値も認める。然しそう云う人達は、其が日本のためにどうなるかと云うことで解決されなければいやなのだ。
浅草、七草だと云うことを忘れて行ったが大変な人だ。
かえる頃には、六区の中は漸々歩く位、仲店から傍に切れた小路などには香具師や、妙な飲食店が並んで居る。すっかり四辺が暗く成って前方活動俳優の写真を売って居る店の傍に出来たサーカスの馬が幾匹も杙につながれ、しょんぼりとして居たのが目についた。
芸術のための芸術と云う人と、人生のための芸術と云う人。宇野浩二氏の若山牧水氏作品評、評の適不適より、宇野氏のヘラヘラの他の一面、其処では、一種の人間的な敬虔の現れて居る快さを味った。彼も芥川氏の評した淋しきピエロか。○今日は、頭がひどくよい。有難いことだ。
「黄銅時代」の第(一)をすっかり書なおし、(二)の半迄書く。