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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
しかし、その皮膚の底から、柔かに伝わって来るあたたか味にふれると、彼はしみじみとした喜びを感じた。そして、急に明るい気分になって訊ねた。
「僕、お祖父さんとこに、いつまでいるの?」
「いつまででもいい。」
「いつまででも?」
そう言った次郎の心には、再び不安と喜びとがもつれあっていた。
「早く帰りたいかの。」
「ううん。」
次郎は首を横に振った。しかし、思い切って振れないものが、何か胸の底に沈んでいた。
「帰りたくなったら、いつでも帰っていい。だが…」
と、老人はしばらく考えてから、
「お前の家には、誰もいなくなるかも知れない。」
この言葉は次郎の胸におもおもしく響いた。動かぬ星と草履の音とが、ひえびえと彼の心を支配した。彼は泣きたくなった。
「しかし、心配することはない。人間というものは、心が大切じゃ。心さえ真っ直にして居れば、家なんかどうにでもなる。」
次郎には、その意味がよく呑み込めなかった。そして彼の前には、再び父の淋しい顔があらわれた。
(お祖父さんは、父さんの心が真っ直でない、と言うのだろうか。いや、そんなわけはない。父さんほど真っ直な人はないはずだ。